指先寓話 スクーマ

指先寓話

スクーマを吸う。
紫煙の向こうに恋人の姿が見える。
いや、これを恋愛と呼べる綺麗なものかはわからない。
ただ、肉欲に溺れ舌を這わす関係。
ついさっきまで軽く噛んだ唇が微笑む。

俺は工員だ。
最終的に何になるかもよくわからない部品を永遠と作っている。
文化的ではないが生きていくのに最低限度の賃金と、スクーマを買うためだけの金と。
恋人が去った後の抜け殻の寝床を直す間もなく仕事へと出かける。

ガシャンガシャン
もう、1億回は聞いただろう機械音を聞きながら部品を作っていく。
「手を止めないで聞いてくれ。木田君、最近、部品の不良品率が上がっているよ。しっかりとしてくれないと困るんだよ」
そう言い製造部長は去っていった。
チッと舌打ちをした俺は部品を作るのを続けていく。
正社員の製造部長と期間工の俺と。
ガシャンガシャンという機械の音を聞きながら社会という大きな機械の不良品だった自分の運命を呪う。

スクーマを買うのは警察に見つからないように繁華街の裏通りだ。
名も知らない運び屋に金を渡すと金はスクーマに変換される。
運び屋の「ありがした、まいどあり」という笑顔の黄ばんだボロボロの歯が自分の未来を暗示しているようで吐き気がする。
スクーマを急いでカバンにしまい、カバンを抱え裏通りから走り出る。

スクーマを吸う。
いつ見ても恋人は美しい。
抱きしめた恋人の身体の細さに胸がときめく。
髪の毛をよけ、首筋に食らいつく。
肉欲と、スクーマに溺れる日々。
怠惰なぬるま湯が不良品の自分には最高に居心地がいい。

スクーマを吸うか、仕事をするか、飯を食うか、糞をするかだけの人生だ。
なんだか、いつも身体が気怠い。

恋人が去った後の部屋にはいつもスクーマの薬品臭だけが残っている。
恋人が自分の何を愛してくれているのかが全くわからない。
いや、正直、恋人でありながらなにも自分は知らない。
何が好きなのか、どんな映画を観て、何に感動して生きているのかを。

今日も工場へ出かける。
「柳君、最近、君の…」
どうやら、今日の生贄は自分ではないようだ。
ふわっと眩暈がする。
ガシャンガシャンという音が遠くになっていく。

病室に居る。一瞬そんな幻覚の後に目が覚める。
目の前に居るのは汚い顔をした製造部長だ。
「木田君、しっかりしてくれないと困るよ。最近の君は明らかに変な様子だよ」
大丈夫です。ちょっと寝不足で。そう言い、俺は工場の製造ラインに戻る
激しい頭痛に耐えながら部品を作っていく。

初めてスクーマと出会ったときはいつだっただろうか。
興味本位でスクーマを吸い始めた俺はその煙にすっかり虜になった。
煙の向こうに見える幻覚と、脳が溶ける感じと。
いつしか、スクーマを吸うときにだけ幻覚の恋人が出るようになった。
幻覚の恋人を激しく抱いた夢を見た後、薬品臭だけ残して何もない現実がやってくる。
最近は、頭痛や眩暈が酷い。

スクーマを吸う。
今日は幻覚の彼女は現れない。
頭痛や眩暈がおさまっていく。
脳が溶けていく感覚が心地いい。
俺は、いつからこのアパートに住んでいるんだろうか。
すっかり過去のことを思い出せなくなった、俺はどういう子供時代を、俺はどういう学校を、俺はどういう就職をして、俺は昨日を何を食べて。
色々、思考を巡らせたが、だんだんそれを考えるのも面倒になってきた。

スクーマが切れると激しい頭痛と吐き気がした。
とても、仕事になんか行けそうになく製造部長に休暇願いの電話をする。
「ごぼいうだodail,eq,」

スクーマを吸う。
スクーマを吸う。
スクーマを吸う。

徐々に四肢が動かなくなっていく。
徐々に声が枯れていく。
徐々に髪は白くなり。
気を失った。

…。

…。…。

目が覚めると、そこは病室だった。
看護師が急いで医師を呼んでくる。
医師が俺を見るなり「おおーーーー!奇跡だ、本当だった」と叫ぶ。
身体全体が痛い、身体が縛られたように動かない。
体が動かないと必死になって話す俺に看護師は「これからリハビリをすれば良くなるかなら大丈夫ですよ」とほほ笑む。
医師は俺に向かって
「寝たきり老人回復薬スクーマ治験1号の成功者おめでとう」
と言った。

ガシャンガシャンと、俺を乗せてストレッチャーベッドが何処かへ向かって行った。

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